コーヒーの粉で止まった「英語で考える」朝
ある朝、ネットで見かけた「英語ができるようになるには英語で考えろ」という助言をそのまま試してみようとしたことがあります。台所で湯を沸かし、ドリッパーを準備しながら、頭の中の独り言を英語に切り替えようとしました。
最初の数秒は順調でした。「water」「kettle」「cup」と、目に入るものを頭の中で並べることは誰にでもできます。ところが、湯を注ぎ終えてドリッパーの中に湿った粉が残った瞬間、思考が完全に止まりました。コーヒーを淹れた後の粉を何と呼ぶのか分からず、coffee grounds という語がどうしても出てこなかったのです。その一瞬の詰まりで意識は母語へと引き戻され、残りの身支度はすべて普段どおり日本語の思考のまま終わりました。
英語で考えるとは、知っている語で目の前を言うこと
英語で考えるには、特別な思考モードに入る必要はありません。私は、英語で考える状態とは「自分がすでに知っている語だけで、目の前にあることや自分の動作を言語化できている状態」にすぎないと捉えています。
この練習をするなら、毎日ほぼ同じ流れで進む日常の行動を一つだけ選ぶのが最も合理的です。毎朝のコーヒーの準備でも、歯磨きから着替えまでの身支度でも構いません。行動の順番が決まっていれば、目に入る物や行う動作が固定されるため、必要な語が翌朝も同じ場所に戻ってきます。声を張り上げる必要はなく、同居人に聞こえないくらいの小声で十分です。
実況を始めて気づいたこととして、母語であっても朝の身支度中の頭の中はほとんど文になっておらず、「あ、牛乳」「時間」くらいの切れ端しかありませんでした。これが英語の練習に役立つのかどうかは分かりませんが、少なくとも「英語で考える」の「考える」は、思っていたほど整った文章ではありませんでした。
英語で実況する3段階と次へ進む停止条件
練習は負荷を小さく分け、次の3段階で進めます。最初から文を作ろうとせず、単語の羅列から始めて徐々に要素を足していく構成です。
- 段階1: 目に入る物を英語の名詞で言う
文法は一切無視し、視界に入った物を名詞だけで小声に出します。たとえば台所なら、cup, kettle, fridge, keys と単語を並べるだけに留めます。
- 段階2: 自分の動作を主語と動詞だけの短文で言う
「I + 動詞」を基本形にして、自分の動きをそのまま言語化します。I open the fridge. I pour water. I hold the mug. のように、飾りをつけない単純な文で十分です。
- 段階3: 短文に理由か感想を一文足す
段階2の動作に対して、なぜそうしたのか、どう感じたかを一文だけ付け加えます。I take an umbrella. It looks cloudy. あるいは I drink coffee. It is too hot. といった2文の組み合わせを作ります。
この練習を続けるためには、どこで次の段階へ進み、どこで引き返すかを決める2つの停止条件が必要です。
- 停止条件1: 選んだ行動の流れを2分間、日本語に切り替えずに実況できたら次の段階へ進む。
- 停止条件2: 英語で言えなかった語が同じ日に3つ出たら、その日はそれ以上段階を上げず、その3語だけをメモして実況を終了する。
最初の朝、私はコーヒーの粉(coffee grounds)で止まりましたが、同じ手順を毎朝繰り返したところ、約3週間後にはコーヒーを淹れる2分間を段階3まで途切れずに実況できるようになりました。ただし、翌日から練習の対象を「玄関を出て駅まで歩く道」に変えた途端、目に入るものが変わり、信号や歩道橋の単語が咄嗟に出てこず、再び段階1へ逆戻りしました。
言えなかった3語を翌朝の実況前に思い出す
実況中に詰まった語をすべて辞書で調べて暗記しようとすると、調べる作業だけで疲れてしまい、翌朝の実況そのものが億劫になります。停止条件2で上限を「3語まで」と決めているのはそのためです。
以前書いたフレーズを104個保存して一つも使えなかった話と同じで、ノートやアプリに大量の表現を溜め込んでも、自分の生活で口から出るようにはなりません。必要なのは、自分の朝の行動の中で本当に出現した数語だけを確実に拾い上げることです。
私自身は、実況中に言えなかった語を毎日最大3つだけLingoTimに追加し、翌朝コーヒーを淹れる前の数十秒で短く思い出す練習をしてから実況に入っています。前日に詰まった grounds や lid を直前に一度頭に通しておくだけで、その朝の実況で同じ物が目の前に現れたとき、母語を挟まずにその語へ手が届く確率が上がります。
独り言の実況は会話の代わりにならないかもしれない
この実況練習に対しては、当然ながら懐疑的な指摘もあります。独り言には話し相手が存在しないため、相手の予期せぬ質問に即座に反応する速度は身につきませんし、相手の話を聞き取る訓練にもなりません。さらに、自分が口にした不自然な表現や文法の誤りを誰も正してくれないため、間違った言い回しが癖として定着してしまうリスクも残ります。
実況の目的は、会話のシミュレーションを一人で完結させることではなく、日本語の環境で暮らす日常の中で、英語の語を一日のどこかで自発的に口に出す接点を作ることです。それでも、誰にも直されないまま繰り返した短文の誤りが、実際の会話でどれほど強固な癖として残ってしまうのかについては、私自身も完全には懸念を拭いきれていません。
明日の朝もコーヒーを淹れながら段階2を2分続けるつもりですが、その2分が、相手のいる英語の場面でどれだけ残っているのかは、まだ測れていません。
よくある質問
英語で考えるにはどうすればいいですか?
私は、毎朝ほぼ同じ流れの行動を一つ決めて、英語で小声で実況することから始めました。物の名詞、主語と動詞だけの短文、理由か感想を一文足す、の3段階で進めます。
英語の独り言は何から始めればいいですか?
目に入る物を英語の名詞で言うだけで十分です。文にしようとすると止まるので、最初はcup、keysのような単語の並びで構いません。
次の段階に進む目安はありますか?
選んだ行動の流れを2分間、日本語に切り替えずに実況できたら進みます。言えなかった語が同じ日に3つ出たら、その日は上げずにその3語だけ控えます。
言えなかった単語はどうすればいいですか?
その日に控えるのは3つまでにして、翌朝の実況の前に短く思い出します。私はその3語をLingoTimに入れて、コーヒーを淹れる前に確認しています。
独り言の練習だけで英語は話せるようになりますか?
正直、分かりません。相手への反応や聞き取りは独り言では鍛えられないので、会話の代わりではなく、英語を毎日口に出す入口だと考えています。
