ドイツ語を学んでいた頃、アプリの画面に「3000語達成」という数字が表示された翌週、自宅のアパートの給湯器が壊れた。修理の担当者が来て、僕は壊れた状況を説明しようとした。「お湯が途中で冷たくなる」「エラー表示が点滅する」「昨日の夜からおかしい」という3つの文を頭の中で組み立てようとしたけれど、どの文も途中で止まった。指さしとスマホで撮ったメーターの写真を見せながら、沈黙がちのまま10分ほど身ぶりでやりとりした。足りなかったのは学術的な単語ではない。「点滅する」「途中で」「止まる」のような語で、それらは3000語のデッキに入っていなかったか、入っていたとしてもその瞬間に口から出なかった。
3000語のデッキを終えて、給湯器の前で黙った日
アプリの進捗バーが満杯になったとき、僕は自分がそれなりの会話に対応できる地点まで来たと勝手に思っていた。画面の上では3000という大きな数字が完了を示していたし、日々のテストでも正答率は90%を超えていた。けれど、薄暗い廊下で作業着の男の人と向き合ったとき、その3000語の山から引っ張り出せた語はほとんどなかった。結局、修理そのものはスマホの写真と指さし、それに相手がメーターを見て原因を理解してくれたおかげで終わった。言葉が出なくても、実際の暮らしの用件自体はそのまま片づいてしまった。
「何語覚えれば話せる」の答えがばらつく理由
インターネットで検索すると、日常会話に必要な語数として3000語という数字もあれば、5000語、あるいは10000語といった数字が並んでいる。なぜここまで数字が揃わないのかといえば、出典によって語の数え方が違うこと、そして何より「知っている」という基準に読む力と話す力が混ざっているからだ。新聞やウェブサイトを読んで大枠を理解するための目安と、目の前に人がいるときに自分の口から直接出すための目安は、数える対象そのものが違う。何語覚えれば話せるかという問いを総語彙数の問題として捉えている限り、単語帳の周回をいくら重ねても、自分の話したい場面で口が動くようにはならない。
1つの場面で話せる語彙を作る7日間プラン
語彙数を漠然と増やすのをやめて、自分が実際に口を開く1つの場面だけに絞って語を集めるなら、次の手順で進めるのが現実的だ。
- 1日目: 自分が直面する具体的な場面を1つだけ選ぶ(例: 週次の社内ミーティングでの進捗報告、カフェでのカスタマイズ注文、ホテルのチェックインでのトラブル対応)。
- 2日目: その場面で自分が実際に言いたい文を、日本語で4〜5文ほど書き出す。
- 3日目: 書き出した文を英語に直してみて、口から出てこない語や言い淀んだ語だけを抜き出す。僕自身はここで抜き出した10語前後の語だけをLingoTimに入れて、その場面専用の小さなセットを作って回すようにしている。
- 4〜6日目: その抜き出した語だけを、短時間で集中的に練習して覚える。
- 7日目: 選んだ場面を想定して、スマートフォンなどのタイマーをセットし、1分間声に出して話してみる。
このプランの停止条件は1つだけだ。その場面について1分間、言えない語で止まることなく話し切れたら、その場面は完了として次の場面へ移る。新出単語を1日に何語覚えるかといったペース設定は気にしなくていい。
場面を絞ると、会話はすぐ場面の外へ出る
場面を絞って語彙を固めるやり方に対しては、当然ながら反論もあるはずだ。それは単なる限定的な暗記であって、相手の返答や話題が想定から外れた途端に破綻するのではないか、という指摘だ。広く触れて全体の語彙の土台を作っておかなければ、会話が予想外の方向へ転がったときに生き残れないという考え方は、僕も半分はその通りだと思う。実際、給湯器の修理が終わったあと、作業員が道具を片づけながら昨夜のサッカーの試合について軽く話しかけてきたとき、僕がその場で組み立てた給湯器用の語彙は何の役にも立たなかった。用意した場面の外へ押し出されて単語が出てこなくなったときは、あらかじめ単語が出てこないときに会話を止めずに逃がす型のような対処を持っておく必要はあるし、総語彙の広さを完全に無視できるわけではない。
1分間止まらなかったら、次の場面へ移る
7日目に1分間のタイマーを動かして話してみて、もし途中で言葉に詰まったら、詰まる原因になったその1語だけを3日目のリストに戻せばいい。別の新しい単語帳を買い足す必要はないし、関係のない語を何十個も覚える必要もない。詰まった語をもう一度補強して、止まらずに1分間話し切れた時点で、その場面の手続きは終わる。
ただ、7日目に1分間話せたからといって、それで自分が本当にその言語を話せるようになったと言い切れるのかは、僕にもよく分からない。給湯器の不具合を説明する場面なら、今の僕はおそらく1分間止まらずに話せる。けれど、次に来た別の修理の人がまたサッカーの話を振ってきたら、僕はやっぱり黙り込むかもしれない。そのとき、次に準備すべき場面を自分の頭で決めるべきなのか、それとも次の沈黙が訪れるのを待つべきなのかは、まだ決めかねている。
よくある質問
何語覚えれば話せるようになりますか?
僕は一つの総数では決めていません。話したい場面を1つ選んで、その場面で言えない語だけを数えます。10語前後で済むことも多いです。
日常会話には3000語必要だと聞きましたが本当ですか?
出典によって数え方が違うので、その数字はそのまま信じていません。読むための目安と話すための目安が混ざっていることが多いです。
単語帳を何冊やれば英語を話せますか?
冊数よりも、自分が話す場面で何が言えないかを先に見たほうが早いと思います。言えない語は単語帳に載っていないこともあります。
場面ごとに覚えると、他の場面で話せなくなりませんか?
なります。僕も場面の外で何度も止まりました。ただ、1つの場面で止まらずに話せた経験は、次の場面を選ぶ基準になります。
